Analogue(アナログ)が作ったゲームボーイ互換機「Pocket」(ポケット)が届きました。Analogue Pocketの機能や仕様については、詳しく取り上げるメディアがいくらでもあると思うので、ここでは細かく紹介せず、私は少し感情的に触れてみたいと思います。
4年ほど待っていた
遡ること約4年前の2018年初頭、Hyperkinが「Ultra Gameboy」の名称でコンセプト機をメディア向けに発表しました。外観はゲームボーイポケットあるいはゲームボーイライトそっくりなデザインで、オリジナルの要素としてアルミ製ボディをまとっていたようです。まっとうな製品の供給がそれまでなかったゲームボーイ互換機であり、正統的デザインのポータブル機として、あるいは普通の使い勝手を実現してくれそうなモデルとして、期待を集めました。発表当時の私の感想は「初代のゲームボーイにバックライト化の改造をすることなく遊べるなら、けっこういいかも」というようなものでした。
一方で、ゲームボーイの互換機を、ポータブル機として開発するのは「けっこうな冒険だな」と感じたのを覚えています。すでにファミコン、スーパーファミコンといったレトロハードは、互換機も世の中にたくさん存在していていましたが、こうした世の互換機にありがちな、深セン製の基板にケースを付けただけの据え置き型の製品とは別次元の開発ノウハウが必要になることが、想像に難くなかったからです。
ディスプレイが付いていることがすでにハードルを上げている上に、手で触るデバイスというのは、汗や汚れに耐える素材選定や表面処理から、落下などに耐える設計や構造、オリジナルのフィーリングを損なわないボタン配置などどなど、まっとうな製品にしようとすればいくつもの壁があります。またこれは勝手な想像ですが、Hyperkinのコンセプトモデルのように任天堂製品を完全にトレスしたようなデザインだと、もしかしたら法務面でも障害があったのかもしれません。
Hyperkinから音沙汰がないまま、2019年も後半になると、AnalogueからPocketの開発がアナウンスされます。Hyperkinが示唆した方向性が、別のメーカーではあるものの、実際の製品として登場することが現実的になったわけです。Analogueはファミコン、スーパーファミコン、メガドライブなどの互換機を手掛けており(PCエンジンDuoの互換機も開発が発表されています)、その中身は、FPGAでオリジナルのハードウェアを再現する手法をとっているのが特徴です(ザイリンクスによるFPGAの解説はコチラ)。いうなれば“高級互換機”のメーカーとして地位を確立しており、むしろHyperkinよりもいろいろと期待できる、というのが大方の感想だったのではないでしょうか。
もっとも、そのAnalogueでもポータブル機の開発はやはり難しかったようで、開発の遅れから発売時期が延期された上に、コロナ禍による諸々の遅延や半導体不足などが加わり、出荷時期が何度も延期されることになりました。最初の予約開始は2020年8月で、この時点で2021年5月に出荷予定でしたが、その後に出荷は10月に延期され、さらに12月に延期されました。最終的に2021年12月14日から出荷が始まり、一番最初の予約に成功していた人は12月中旬に入手できる形になりました。なお、部材の原価など製造コストの上昇に伴い、再開した予約販売分から価格が変更されています。
私はというと2020年8月の一番最初の予約に成功していたので、最後の最後にFedExの配送遅延に見舞われながらも、2021年の12月20日に受け取ることができました。2018年にポータブル機としてのゲームボーイ互換機の可能性に気付かされてからすでに4年近くが経過していたので、なかなか感慨深いものがあります。
狂気的な再現

レトロゲームの互換機はすでにAnalogueもいくつか発売していますが、Pocketがそれらと決定的に違うのは、“ディスプレイを搭載”した“ポータブルゲーム機”であるという点です。オリジナルのゲームボーイがそうなのですから当然といえば当然ですが、据え置き機スタイルでお茶を濁したり妥協したりするのではなく、真正面から取り組んでいます。
Pocketのハードウェアの詳細がアナウンスされた時点で明らかでしたが、Pocketは、驚くほどのリスペクト、オリジナルに対する敬意によってコンセプトが固められています。
それが最も象徴的に表れているのが、液晶ディスプレイの解像度や仕上げでしょう。オリジナルのゲームボーイのディスプレイ解像度は160×144ドットですが、Pocketはちょうど10倍にあたる1600×1440ドット(615ppi)の液晶ディスプレイを採用しています。これにより整数倍で拡大しても綺麗に表示できますし、有り余るドット密度や現代のカラー液晶の性能でもって、当時の反射型モノクロ液晶の反射板の色味、ドットの色などもすべて再現しようと試みています。そしてその試みは、成功していると感じられます。
オリジナルにあったドットとドットの間の格子状の隙間は、超高密度ディスプレイでは線として“描かれ”ており、点灯していないドットに浮かんでいるわずかなコントラストの乗りすらも表現のひとつとして再現されています。
またほかにも、ゲームボーイポケットのモノクロ液晶、ゲームボーイライト(有機ELバックライト)の液晶を再現するモードもあるほか、こうした再現のない素のモードや、ドットを丸い点にして赤ベースのモノクロ表現にしたPinball Neon Matrixというモードも用意されています。





オリジナルのゲームボーイの反射板(液晶の背景として見えている部分)はディスプレイとして見ると緑系の金色で、ドットは濃い緑色ですが、オリジナルのゲームボーイとPocketを並べると、その再現度の高さが良く分かります。こう言ってよければ、狂気に近いこだわりだと感じます。

またPocketが優れていると感じる点は、最新のハードウェアでオリジナルを忠実に再現するというアプローチをとりながらも、30年前という当時の液晶の遊びづらさを巧妙に取り除いている点です。
現代に調達する液晶が30年前の液晶を遥かに凌ぐ性能なのは当たり前ですが、オリジナルの液晶と同じような色や見た目を再現したことで、現代ハードならではのスムースな“体験”がより際立っています。
ノスタルジーの憂鬱
2020年代にもなって、1989年発売のゲームボーイの液晶ディスプレイの見づらさについて指摘するのはナンセンスですが……実際のところ、当時の遊んでいた記憶を辿ってみても、見づらいと感じていた記憶が蘇ります。
解像度の低さは子供心にも仕方がないと思っていましたが、見づらい原因のひとつはバックライトを搭載していないこと、もうひとつは激しい残像です。バックライトについては、部屋を明るくすればよかったため、結果としてそれほど苦労した記憶は残っていませんが、液晶の残像の激しさについては当時も困惑するレベルでした。
この当時、ファミコンやスーパーファミコンはブラウン管のテレビに映すのが基本だったので、残像と無縁だったということもありますが、初代ゲームボーイの液晶の残像は今見てもすごいレベルです(笑)。アクションゲームやRPGなどで背景がスクロールすると、残像でブレて、よく分からなくなることがほとんどでした。
例えば「魔界塔士 Sa・Ga」では、キャラクターが移動すると、フィールドはブレてかなり見えづらくなりますし、戦闘ではテキストを高速でスクロールできるのですが、スクロール中は残像のせいで文字を判読できません(それでもかなり工夫されていますが)。「メトロイドII」は背景のほとんどを黒く(ドットを点灯した状態で)描画するため、ひとたびキャラクターが移動すると背景は黒くブレた残像で埋め尽くされ、なにも分からなくなります。
それでもプレイはできるため、当時は夢中になって遊んでいたわけですが、最近になって、オリジナルのゲームボーイにバックライト化キットを取り付けるなどの改造を施して遊んでみても、オリジナルの液晶が持つ残像の特性は変わらないため、「あぁ、そういや当時も見づらかったなぁ」という記憶がセットで思い出されるということになっていました。
初代のゲームボーイは1989年の発売で、液晶の性能も向上したゲームボーイポケットが1996年に発売されるまで、7年間に渡って販売されました。このため上記のような初期のタイトルは、実際に今触れてみると残像とセットで思い出されますし、その後に記憶が更新されていないことにも気づきます。例えば上記のSa・Gaなどは、初代ゲームボーイでいっぱい遊んだものの、ゲームボーイポケットやゲームボーイカラーが発売された頃にはもう押入れの中だった、というケースが多いのではないでしょうか。
もっとも、人は楽しかった記憶が残りがちですから、オリジナルのゲームボーイについて、その残像の多さを今でも覚えている人は、そう多くないかもしれません。そうした人にとってPocketの液晶ディスプレイの表示は、美しい記憶を美しいままに、そして実際には当時よりはるかに正確で綺麗に表示してくれます。
一方で、最近になってオリジナルのゲームボーイを遊んでしまい(笑)、バックライトがないことや残像の多さで残念な気持ちになってしまった人にとっては、Pocketの液晶ディスプレイは遊びづらさだけを綺麗に浄化して、見たかった世界を100%以上の美しさで見せてくれる、夢のような体験装置だと感じられるでしょう。
ボディ、サウンド、発展性
Pocketの多くの部分は、ゲームボーイというノスタルジーの美しい部分だけを最新のテクノロジーで現代に顕現させることに注力されていると感じますし、これはディスプレイ以外でも徹底されています。
ボディのサイズはオリジナルとほぼ同じで、主要なボタンのバランスをほとんど変えていないのは、“ゲームボーイ体験”への明確なオマージュでしょう。2台をつないで対戦ゲームができる通信ケーブルは当時のものを使えます。背面のカートリッジスロットは、ゲームボーイアドバンスに対応するなどの点もあってか、カートリッジのほとんどが露出する形ですが、別にグラグラするわけでもないので、私は好意的に捉えています。

これは個人的な不満点を解消してくれたポイントでもあります。ゲームボーイのカートリッジは比較的大きく、レトロゲームではおなじみの、世界観を象徴する凝ったイラストが描かれていたり、かっこいい、あるいは味わいのあるデザインでまとめられたりしていることも多かったのに、オリジナルの本体では挿入するとカートリッジの殆どが隠れてしまい、何を入れているのか分からなくなる構造で、これは当時から少し不満でした。Pocketはカートリッジのデザインのほとんどが見られるため、レコードジャケットを飾っているような気分になって、とても気に入っている部分です。

ただし、Pocketはカートリッジが露出していることで、関連する部分は落下など衝撃への耐性がないと思いますので、そのあたりは注意が必要です。
サウンドについては、側面の高い位置、ディスプレイ両脇にステレオスピーカーを搭載しています。オリジナルのゲームボーイの本体はモノラルスピーカーですが、イヤホン端子はステレオで、クリアな音が出ることも隠れた特徴でした。それまでのゲームの音というのはファミコンのモノラル出力が基本ですし、これはテレビのスピーカーで聞くのがほとんどだったので、当時はイヤホンからクッキリ・ハッキリと聞こえる電子音に少なからず衝撃を受けたのを覚えています。Pocketのステレオスピーカーは、ゲームボーイをイヤホンでプレイした時のような、クリアで広がりのあるサウンドの体験を、綺麗に再現してくれます。

ほかにも、今回は詳しく触れていませんが、Nanoloop 2をOSレベルで搭載しており、2000年代から再評価されていた、チップチューンなどの電子音楽の制作マシンとしてのゲームボーイへのアプローチも盛り込んでいます。さらに本体には2基のFPGAを搭載しており、1基は開発者向けに開放されることから、Pocketを現代のゲームハードとして使った、全く新しいソフトウェアが登場してくることも大いに期待されます。



Pocketはすでに大量のバックオーダーを抱え、予約できても出荷は1年近く後になる見通しですが、上記のようにプラットフォームとして展開する展望から、限定生産でないことは明言されており、しばらくは生産が続けられる見込みです。
進化するゲームボーイ体験
Pocketはゲームボーイアドバンスなどゲームボーイの次のプラットフォームにも対応しているため、興味を持つ年齢層は幅広いと思います。ただ、縦横比が同じディスプレイやその解像度などからも分かるように、Pocketで最も輝くのは初代ゲームボーイのタイトルでしょう。それも、液晶ディスプレイの性能が向上した後継機が出る前の、90年代の初めに遊ばれていた初期タイトル群です。
Pocketは最新のディスプレイや技術で当時の表現の“再現”に取り組んでいます。その上で、快適なバックライトを搭載し、残像を可能な限り排除した(皆無になったわけではありません)ことで、当時は絶対に得られなかった体験というだけでなく、長い年月で美しい記憶だけになったノスタルジーすらも凌駕する体験を提供してくれます。
上記に挙げたSa・GaもメトロイドIIも、グラディウスなどの残像に悩まされたシューティングゲームも、クッキリと見えることで、当時と同じゲームなのに、記憶を超えた、進化した体験を、今、私達にもたらしてくれます。これは不思議な感覚です。
Pocketなら、ゲームボーイだからとどこか妥協して遊んでいたかつてのタイトルが、まるで最新のレトロ風ゲームタイトルのように遊べます(もちろんゲームシステムや内容は当時と変わりません)。PC向けのインディーズタイトルではなくポータブル機なので、ベッドの中でも電車の中でも遊べます。しかもオリジナルと同じサイズ、同じ形のハードウェアです。
レトロゲームへのノスタルジーは、下手に掘り返してしまうと、つまりその再現度が高いほど、当時の未熟な部分にまで気づいてしまって残念な気持ちになることもありますが、Pocketは、美しい記憶だけを現代の最新技術で綺麗に見せてくれるという、“進化したゲームボーイ体験”を楽しめます。それも、当時と同じように手に収まるポータブルゲーム機として、です。原始のゲームボーイ体験が30年越しにアップデートされるという不思議な心地を、ぜひ味わってもらいたいですね。
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