ベイヤーダイナミック DT 700 PRO X、使い倒したいヘッドホン

 密閉型の大きめのヘッドホンが欲しくなったので、独ベイヤーダイナミックの「DT 700 PRO X」を買ってみました。サウンドハウスにて35,800円でした。

 買った理由はあまり楽しくないものです。私の自宅は駅前の交差点に至近で、間を遮るビルなどもないため、選挙運動の期間に入ると街頭演説の拡声器の声が、かなり部屋の中に入ってきます。これについて言いたいことは山ほどありますが、ひとまずは自衛策として遮音性の高い密閉型ヘッドホンを買おうと思ったわけです。ちょうどいい理由を見つけた、と言えなくもないですが……。また、比較的小型の、耳に乗せるタイプであるオンイヤー型なら密閉型はすでに持っているので、今回はより長時間の利用にも適した、耳をすっぽりと覆うオーバーイヤー(アラウンドイヤー)型で探しました。

 現在は大小さまざまなメーカーから無数のヘッドホンが発売されていますので、密閉型に限っても、候補を絞り込むのは大変です。私はベイヤーダイナミックのヘッドホンをすでに2つ持っていたので、メーカーの音の傾向や、ものづくりの傾向が分かっていて選びやすいという点で、同じベイヤーダイナミックから選んでみました。

 ヘッドホンを作っているドイツのブランドといえばゼンハイザーが有名ですが、ベイヤーダイナミックも、そのブランド名にもあるように、ダイナミック型ヘッドホンやマイクで長い実績のあるブランドです。というより、ダイナミック型ヘッドホンにおいては“正統”そのものです。

 同社は、ラジオが普及し始めた時代という1937年にはダイナミック型ヘッドホン「DT 48」を発売しています。社史で言及されていませんが、これが量産された世界初のダイナミック型ヘッドホンとする説もあるようです(1939年にはダイナミック型マイク「M 19」も発売)。ベイヤーダイナミックのヘッドホンでは現在もこのDTの名称がプロ用ラインナップで使われ続けています。それは「Dynamic Telephone」の略だというのですから、時代を感じさせます。同社はグローバル展開を行なっている今もドイツ製にこだわるなど、真面目なブランドというイメージを貫いているのも特徴です。

クリエイター向け、ラインナップ中位のモデル

 この製品が属する「DT PRO X」シリーズは、2021年10月に新しくスタートしたラインです。“クリエイター向け”とされており、ベイヤーダイナミックの中でもざっくりと“PRO”の名称が付くラインナップのうち、密閉型では、すでにある1万円台の「DT 770 PRO」(32/80/250Ω)あるいは2万円弱の「DT 250」(80/250Ω)と、5万円前後の「DT 1770 PRO」(250Ω)というラインナップの中間を埋める製品です。

 DT 250については派生モデルも多く、ヘッドセット版を別記事で紹介しています。こちらはセミオーバーイヤー型とでも言うべき、ソニーの900STのようなサイズ感・使い勝手で、優秀ですが古いモデルです。ハウジングのデザインやケーブル着脱の仕様なども含めて、伝統的な音楽・放送スタジオ用の中でも特に現場向けといった雰囲気で、型番の命名規則を含めていろいろと素性が異なるのようなので、フルサイズ・密閉型という今回の話の対象からは外しています。

ベイヤーダイナミック DT 700 PRO X

 プロ用というのは、音作りの面では、低音域から高音域まで正確に再現でき、音楽制作時のチェックに使えるという意味です。また後述しますが、長時間快適に使えることも非常に重要です。

 プロ用の音といっても特殊な音の鳴り方をするわけではありませんが、例えば「とにかくリラックスして聴きたい」「迫力のある音で聴きたい」という用途には不向きですから、自分の用途と製品のコンセプトをあらかじめ確認しておくことが肝心です。多くの道具にいえることですが、開発コンセプトが明確に存在する製品は、あまり的はずれな用途で使わないことも大切です(使っても問題ないですが、自覚なく不満点をあげつらうのはナンセンスです)。

 では新たに設定された「クリエイター向け」とは? ということですが、これはプロとコンシューマーの中間で、“宅録”をするハイアマチュアであるとか、動画配信などのクリエイターを指しているようです。

 今回購入したDT 700 PRO Xは密閉型ですので、マイクと一緒にレコーディングや映像配信で使う用途もターゲットになっています。マイクとヘッドホンを一緒に使うケースでは、自分の確認のために聴いている(モニターしている)音がヘッドホンから漏れてマイクに拾われないように、密閉型ヘッドホンが必要になります。

 加えてこのシリーズは、若いクリエイターが外に持ち出しても快適に使えるというコンセプトに従って、48Ωという比較的低インピーダンスの仕様になっています。高耐久を謳う各部の仕様もやはり、クリエイターが持ち出してガンガン使っても耐えられるように、というコンセプトに沿ったものです。

 付属の小さなガイドには、開放型と密閉型の違いやその最適な用途、同じくクリエイター向けとしてラインナップされたマイクのシリーズについてコンデンサー型とダイナミック型の違いが簡単に解説されるなど、クリエイター層に向けた製品・シリーズである、というコンセプトが徹底されています。それも、駆け出しのクリエイターに向けて解説するような内容で、こういう些細なことからもブランドの丁寧な姿勢が見えてきます。

価格など

 サウンドハウスの価格の例ですが、下位のDT 770 PROは1万円台なので、ここに慣れ親しんでいる人からは、DT 700 PRO Xは「けっこう高いのでは?」と映ると思います。

 新しいDT 700 PRO Xは35,800円で、“プロ用”最上位モデルのDT 1770 PROは52,800円なので、17,000円の差があります(2022年5月末時点)。あっさり諦められるほど大きな価格差かといわれると、「頑張って上位モデルにしようか」と考えられそうな気がするのがなんとも悩ましいところです。

 ただし、上位モデルのDT 1770 PROはインピーダンスが250Ωのモデルだけなので、比較的パワーのある再生機器が必要になります。据え置きのオーディオインターフェイスやヘッドホンアンプとかに接続して使うことが前提の製品で、ちゃんとした環境が揃っている必要があります。

 一方のDT 700 PRO Xは48Ωですから、再生機器に求められるハードルは下がります。例えばノートパソコンのヘッドホン端子を使うとか、ビデオカメラのヘッドホン端子でマイクをモニターする、小型のシンセサイザーのヘッドホンアウトを使うとかの、再生機器をあまり選ばない汎用的な運用が可能です。

 ちなみにですが、サウンドハウスは2018年からベイヤーダイナミックのプロ用ラインナップ(DTシリーズなど)について、正規の輸入代理店になっています。コンシューマー用ラインナップは引き続きティアックが取り扱っています。価格は細かく変動しているようで、参考にとどめてください。

装着感が良く快適

 ヘッドホンは頭に乗せて使う道具であり、手に持つ道具や身に付ける装備品と同じように、優れた道具であろうとすると、実際には膨大で広範なノウハウが必要な製品ジャンルです。DT 700 PRO Xはプロ向けを謳っている以上、開発コンセプトとしてもここは非常に重要で、長時間装着しても疲れないということが、副産物ではなく主要なテーマのひとつとして実現されています。特に耳を覆うオーバーイヤー型では、ベイヤーダイナミックはトップクラスの快適さを誇っています。また関連する消耗パーツは簡単に交換できるようにしており、それを最初から図で明示しているのも、そうした装着感や快適性にまつわるコンセプトの現れでしょう。

 注目すべきは、コスト制限が厳しくなる5万円以下のクラスでも、快適さを実現するノウハウを巧みに投入している点です。ヘッドバンドは幅をケチらず(細いと接触部が痛くなります)、ヘッドパッドは交換しやすい設計にして、外しやすいようにゴム製のベロまで付いています。イヤーパッドも交換しやすい形状が新たに採用されています。これらの交換方法は付属のガイドでも説明されています。

オレンジ色の印が付いた三角形のベロを引っ張るとヘッドパッドを外せます

 ヘッドバンドやハウジングなど表面のパーツの大部分は樹脂製で、煌めくような高級感はありませんが、梨地の表面処理は丁寧で、チープさはありません。一方、ヘッドバンド内部はスチール製パーツが使われ、ハウジングを保持するハンガーもしっかりとした金属製にするなど、耐久性は確保されています。

 ベロア素材のイヤーパッドは、アイコン的な定番モデル「DT 770 PRO」などと同じ雰囲気のライトグレーです。内部は新開発の素材とのことで、音域を調整する一方、柔らかくて頭部にフィットしやすいメモリーフォームで、熱を逃しやすい素材で蒸れにくく、結果として疲れにくくなっています。耳たぶが接触しづらいよう溝も設けられるなど、随所に工夫が凝らされています。またフィット感の高さもあって、遮音性もかなり高いです。遮音性の高さは個人的な目的のひとつでもあるので、ありがたい部分です。

 側圧は適切で、イヤーパッドの感触、ヘッドバンドの形状、装着時の重量バランスなど、総合的に非常に高いレベルでまとまっており、「長時間使っても疲れないヘッドホン」が達成されています。これらは必ずしも高価なパーツが必要なわけではありませんが、ノウハウがなければ作れません。長年実績のあるドイツのブランドの中でもひときわ真面目といえるベイヤーダイナミックの真骨頂といえる部分で、この点だけでも、価格を超えた快適性、価値を備えているといえます。

柔らかくベロア素材でさわり心地の良いイヤーパッド

 実際に快適性というのはまったく疎かにできない要素で、長時間使うことが前提のプロ用ともなるとさらに重要性は高まります。どれほど優れた音質でも、時間が経つとヘッドバンドがあたっている頭頂部が痛くなる、耳が痛くなる、肩が凝るといったことが起こるヘッドホンは実用に耐えません。そういう厳しい要求の現場も志向した製品ということですね。

 重量は350gで、下位モデルのDT 770 PROの270gと比較すると80g重く、上位モデルのDT 1770 PROの388gと比較すると38g軽いという形です。重量のバランスは優れているので、その疲労感を重量の数値だけで予想するのは適切ではありませんし、ことさら疲れる重さというわけでもありません。DT 770 PROなどの軽量なモデル、あるいは最新のBluetoothヘッドホンなどに慣れていると重く感じますが、耐久性や実用性、性能とのトレードオフといったところでしょうか。

 サイズについてはいわゆるフルサイズのヘッドホンにあたり、折りたたみ機構もありません。気軽に持ち運べるといっても、小型のヘッドホンと比べれば不利な部分です。こちらも、ドライバーのサイズやフルサイズのハウジングが作り出す音質・空間表現とのトレードオフでしょう。シリアスに音を求めるなら、持ち出す価値はあります。

上位モデルで開放型の「DT 1990 PRO」(右)と
イヤーパッドは左のDT 700 PRO Xのほうが柔らかく、沈み込むようなフィット感があります

音質

 音質は、全部ではないもののほとんどの帯域で閉塞感を感じず、見事な作り込みです。フラットで分離が非常によく、重低音域も綺麗に見通せます。高音域については、過不足はないものの、存在感という意味では少し控えめです。良く言えば突出せず中音域とつながりがあり、一体感が保たれています。このあたりはドライバーの素性が異なる上位モデルと棲み分けられている部分でしょうか。

 ベイヤーダイナミックでも設計が古いDT 770 PROやコンシューマー向けモデルは、高音域のキャラクターが強いという印象がありますが、プロ用でもDT 250や本製品、上位モデルは、高音域は常識的で王道的、全体もフラットな特性が維持されていると思います。

 搭載されるダイナミック・ドライバーは新開発の「STELLAR.45」(ステラ45)ドライバーで、ヘッドホン同様にドイツで開発・製造されています。軽量ボイスコイルの採用による優れたトランジェント(楽器の音の出始めにある瞬間的な付属音)とスピード感が特徴とされ、高い音圧でも歪みにくい点も特徴です。周波数特性は上位モデル同様に、余裕のある5Hz~40kHzを実現しています。ダイヤフラム(振動膜)は2層の高性能ポリマーで挟んだ3層構造です。このPEEKと呼ぶポリマーは音質面だけでなく、温度や湿度に対する安定性や耐久性も考慮して選定されており、ここでも、外出先でも使うクリエイター向け、というコンセプトが反映されています。

 密閉型として、それぞれの音が近くなる「配置の狭さ」はあるものの、すぐそこに壁を感じるような「空間の狭さ」を意識させられることは少ないという印象です。苦手なジャンルがあるとは感じられないですし、フルオーケストラであっても、優れた録音であれば重奏感を損なわずに、ほどよく開放的に鳴らしてしまう懐の深さもあり、感心させられます。

 新開発のドライバーの特徴や周波数特性を考えても、ハイレゾ時代の今にしっかりとマッチしています。優れた録音のハイレゾ音源を再生すれば、驚くほど粒立ちの良い音像や配置の適切さがしっかりと感じられ、ハイレゾ音源を十分に楽しめます。

密閉型を堪能

 高級ヘッドホンには開放型も多いですが、開放型は必然的に「部屋が静か」であることが前提で、音楽を聴くという体験自体が、周囲の雑音の有無に大きく影響されます(家族の呼び出しやインターホンに気づけるというとても重要なメリットもありますが)。密閉型は遮音性を高めたハウジングで鳴らすため、できる範囲で理想的な空間表現が目指されており、DT 700 PRO Xは閉塞感が少ないこともあって、より配置や音像が緻密で把握しやすく感じられます。

 変な籠もり感がないので、実は“流し聞き”もできてしまうというか、気が付いたら何時間も経っていた、ということが起こりえます。本来は流し聞きするような製品ではありませんが、空間表現や鳴り方に変な脚色がないので、ずっと聴けてしまうというイメージでしょうか。ボーカルなどの頭内定位はしっかりとあるので、スピーカーのように聴くとか、リラックスして聴くイメージではないですが、中央にあるべき音は中央に、周囲にあるべき音は周囲に、というように配置が明確で、疲労感なくずっと聴けてしまいます。そうした諸々を長い時間チェックするための製品なので当然といえば当然ですが、楽曲制作の用途でなくても、恩恵が感じられる部分といえます。

 遮音性はかなり高く、例えば外出先のカフェなど騒がしい空間で作業をしながら音楽を聴く・作る、動画の音声をチェックするといった場面でも役立ってくれると思います。

 一般にメガネのユーザーはツルでイヤーパッドに隙間ができてしまい、低音域が抜けてしまうということも起こりますが、本製品の柔らかいイヤーパッドのメモリーフォームは凹凸への密着度が高く、メガネのツルも細いものなら問題ないようです。

3ピンミニXLR端子のケーブル

 ケーブルは左側・片出しで、ハウジング側とは3ピンのミニXLR端子で着脱できるようになっています。これは上位モデルから継承した仕様で、設計年次が古い下位モデルにはないポイントです。断線などのトラブル対策に有利ですし、持ち運ぶ際にも端子への負荷を減らせます。3ピンなのでバランス接続には対応できませんが、これはスタジオ機材の現状を考えれば自然な選択といえ、製品コンセプトに沿った仕様でしょう。

 ちなみにケーブルはストレートタイプで、3mと1.8mの2種類が付属します。自宅、スタジオ、外出先で使うポータブルな機材など、さまざまなシーンを想定するからこその配慮で、省略できない要素ということでしょう。上位モデルに付属のケーブルより曲がりのクセが少なく、取り回しがしやすいです。

 このミニXLR端子はベイヤーダイナミックの上位モデルで採用されているほか、AKGなどほかのブランドでも採用されているので、交換用ケーブルはサードパーティからも供給されています。私は、所有している「DT 1990 PRO」(上位モデルの開放型)用に買ったオヤイデ電気の「HPSC-X63」をDT 700 PRO Xでも使用しています。余分な味付けがなく、標準のケーブルよりも解像度が少し上がり、低音域が整理されて見通しが良くなるので、気に入って使っています。

1.8mと3mのケーブル。キャリングポーチは妙に丈夫な生地でできています
オヤイデ電気の交換用ケーブル「HPSC-X63」

ステップアップに最適、使い倒せるヘッドホン

 音質については、直接の上位モデルが存在しているため、比較してしまうと分が悪いのは確か(もしくは当然)です。付属の製品ガイドでも、星の数でそうした優劣は明示されています。搭載ドライバーは新開発ですが、やはりドライバーが異なる上位モデルとはしっかりと棲み分けられているようです。

 とはいえ、前述のようにインピーダンスの面ではコンセプトが異なるため、外出先で機材につなげて使うなどとなると話は違ってきて、DT 700 PRO Xが大いに活躍する場面です。上位モデルはセミハードケースが付属しますが、この「DT PRO X」シリーズ以下はキャリングポーチが付属しているのも、より気軽に持ち出して欲しいというメッセージでしょう。

 プロ用を謳っているものの、例えば、良いヘッドホンを使ってみたいという時の、はじめの一歩としてもDT 700 PRO Xは最適です。モニター用途では他社の同じ価格帯の製品をゆうに上回る実力があり、装着感や快適性は価格帯を問わずトップクラスです。この製品に不満を覚えるようになったら、オーディオマニアの領域に入っているといえます。

 3万円台半ばの価格で、コンセプトに沿った適切で十分以上の音質、クラスを超えた快適性、気負わずにガンガン使える樹脂主体のボディや高い耐久性などは、この製品の明確なアドバンテージです。従来のプロ用製品同様に、消耗パーツは簡単に交換できるようになっています。どこを切り取っても「プロ用」「クリエイター向け」というコンセプトが貫かれており、納得感が非常に高い製品です。総合的に、価格を超えた高い満足度が得られると思います。いろんな場所、いろんな場面で使い倒したくなる、そんなヘッドホンです。

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