私は昔から腕時計が好きですが、2021年頃までに、持っていたものの多くを整理してしまいました。この頃は引っ越しと所持品の大整理を敢行して生活が大きく変わったことに加えて、コロナ禍でテレワークが常態化して、時計に求めていたものが大きく変わってしまったのが、だいたいの理由です。外に出かけないので、ビジネスシーンで着ける機会が体感9割減といった塩梅で、時計は休日に着けるだけ、というものになっていました。
時計好きとしては寂しいですが、ビジネスシーンで着用することをあまり考えなくてもよくなったので、時計に求めるものはシンプルになりました。単純に、休日を楽しく過ごせそうな雰囲気の時計がいい、というものです。価格帯自体にはまったくこだわりはないので、すごく久しぶりにG-SHOCKをいくつか買って楽しんでいますし、廃盤になったセイコーの機械式のダイバーズウォッチをあわてて買って、ベゼルをカスタムして楽しんでいます。気楽ですし、近所を歩くだけならこれからもこれらを使うでしょう。
しかしながら……ちょっと整理しすぎたようです。外出制限がなくなり外出する機会が増えてくると(それでも以前より少ないですが)、手元にドッシリとした存在感の時計がひとつも無くなってしまったことを、少し寂しいと思うようになり始めました。振り返ると、中学生の頃からずっと腕時計が好きで、常に何かしらを大事に持って使っていたので、そうした思い入れたっぷりの時計がないことに、物足りなさを感じることが増えてきました。
勝手なものですね。高級な時計はもういいかな……と一時は考えていたはずでしたが、自分が思っていた以上に、時計という存在は自分の価値観を重ねる対象で、生活に張りが出る・楽しい気分になるための、大きなピースだったようです。
今回買ってみた、オメガ シーマスター 300 (Ref.234.32.41.21.03.001)は、2021年の春に発売されたモデルで、1957年のオリジナル、2014年の復刻版に続く(2017年には完全再現系の復刻モデルも登場しています)、シーマスター 300の第3世代に位置付けられているようです。奇しくも、入手する直前にクロノス日本版のWebサイトにスペックテストとレビューが掲載されていたので、だいたいの定量的なことはそちらで確認してもらえればと思います(笑)。ここでは個人的な感覚もあまり省略せずに紹介していきます。
成功の礎、そのアーカイブへのオマージュ
2020年代に入ってもなお注目が高まる“ビンテージモデル”へのオマージュと雰囲気の再現、最新技術で作られるディテールやスペック、その両立が、新しいシーマスター 300では優れたバランス感覚で実現されていると感じます。
ビンテージモデルは私も気になっていて、ここ数年ずっとチェックしています。世間的に注目が高まっていることもあり、復刻モデルはすでにいくつも発売されています。またその取り組み方も今では細分化され、寸分たがわぬ完璧な復刻を試みる完全再現系から、あくまでテイストを汲み取るだけのものまで、さまざまです。なにも時計に限ったことではありませんが、優れた過去のアーカイブを現代に復活させる試みは、どの業界でも熱心に取り組まれています。
シーマスター 300がどのような歴史のあるモデルなのかは他所様の解説に譲りますが、1957年のマスター3部作(シーマスター 300、レイルマスター、スピードマスター)と呼ばれる中でも重要なポジションを担い、現在のオメガの成功の礎になった、というのが共通認識だと思います。
かいつまむと、オリジナルのシーマスター 300はオメガ初のプロ向けのダイバーズウォッチに位置付けられ、ブラックダイヤル、発光インデックス、大きな針を装備して、(当時として)視認性を追求した仕様が特徴だったといいます。またオメガ初のダイビングベゼルを搭載したのもシーマスター 300からで、世のダイビング人気も手伝って、その出荷数規模の面でも、ロレックスのサブマリーナーと並んでダイバーズウォッチとしての地位を確立していった、とされています。
これまでもオメガは復刻モデルをいくつか発売しており、まず2014年に、シーマスター 300の第2世代となるRef.233.90.41.21.03.001などを発売しています。これは久方ぶりの復活になり、注目を集めました。また完全再現系としては、2017年に「シーマスター 300 マスター クロノメーター 60周年リミテッド エディション」としてRef.234.10.39.20.01.001も発売されました。これは1957 トリロジーというコレクションに組み込まれ、上記の伝説的な3部作それぞれが60周年記念モデルとして発売されました。もっとも、2017年のモデルは“新生シーマスター 300”という流れからは少し外れています。2014年以来、7年ぶりに刷新されたのが今回のモデルということになるでしょうか。

第3世代となったこのシーマスター 300は、2014年と2017年(≒1957年のオリジナル)の2つのモデルを巧妙にブレンドしたデザインであると感じられます。ベゼルのデザインをはじめ全体は2014年のモデルを踏襲していますが、2017年のモデル、つまり1957年のオリジナルモデルの要素も取り入れられています。また、2021年版のオリジナル要素も巧妙に加えられています。
ケース径は2014年が41mm、2017年は39mm、2021年は41mmです。世のビンテージウォッチの多くは40mm以下で、36mmぐらいも少なくありません。41mmのケース径はビンテージモデルとして見た場合、非常に大型なので、この点について2014年・2021年モデルは現代のウォッチらしいサイズ感を選択しているといえます。
シンプルなダイヤル表記
ダイヤルの印象は、ベースとなった2104年モデルと大きく異なり、スペックを表す表記が綺麗さっぱり取り払われています。ここは2017年のモデル、というよりオリジナルの1957年のモデルに近づいた形です。オメガのロゴは現在のデザインですが、それ以外には「Seamaster 300」と記されるのみで、ムーブメントや防水に関する表記は裏蓋側にあるだけになりました。これは完全再現を謳わずに発売されるモデルとしては、かなり思い切ったデザインで、オマージュの本気度を表している好例といえると思います。
実際、ビンテージモデルと“ビンテージテイスト”のモデルを分ける最も分かりやすい差分は、こうしたダイヤル上の細かな表記の有無ということは多々あるので、ダイヤルから現代チックな表記をなくしてしまうだけで、ビンテージ感がグッとアップします。

サンドイッチ・ダイヤル
ダイヤルのもうひとつの大きな特徴は、サンドイッチ・ダイヤルと呼ぶ2層構造です。ダイヤルの表面側の板をくり抜く手法は、ビンテージウォッチでしばしばみられますが(現代ではパネライが一部で採用しているのが有名です)、2021年のシーマスター 300は楔形のインデックスとアラビア数字のどちらもがくり抜かれており、そこから露出する裏側の板に夜光塗料が塗布されるという構造になっています。これにより、ダイヤル上には凸型のインデックスがまったくないというデザインになっています。
このくり抜かれたインデックスの見どころは、その凹形状に影が落ちて立体感が出るところ。キラキラと光るアプライドインデックスではないため、遠目には地味に映りますが、近くで見ると奥ゆかしくも立体感が演出されていることに気が付きます。
アラビア数字は、オリジナルモデルより少し後の、1960年代の初期のシーマスター 300で採用されていた、オープンスタイルの(6や9のストロークが閉じていない)アラビア数字を採用しています。
このアラビア数字を、インデックスと同じくり抜くデザインにした点は、ダイヤルのデザインのもうひとつのハイライトで、過去のモデルにはない隠れたオリジナリティです。その色は、インデックス同様、裏側のダイヤルに施されたビンテージテイストのスーパールミノバで統一されることになり、ベゼルに刻印される色も揃えられたことで、こと色調の統一感に関しては、モダンなレベルに引き上げられています。
ダイヤルの表面全体はつや消し処理で、落ち着いている、という言葉に尽きるでしょう。拡大すれば粗目ですが、肉眼で見ている限りは精緻なマット仕上げで、気が散らず、ほかの要素に集中できます。色はダークネイビーで、オメガのほかのモデルで定番的なネイビーよりも、濃くて暗めだと思います。

秒針はレアモデルに見られるロリポップ秒針です。最先端が丸いため正確に秒を読み取るのには向いていませんが、そのほかのビンテージテイストと調和する形で違和感なく溶け込んでいる印象です。時分針は楔形インデックスと向かい合う形で鋭い形状ですが、ちょっとほんわかするアラビア数字のデザインと、このロリポップ秒針がスーっと回転していく様子は、ダイヤル上の緊張感が和らぐという効果を加えてくれます。
もっとも、この組み合わせはキメラではなく、バリエーションの多い初期モデルのアーカイブから、バランスの良いものを選んだということでしょう。ブロードアロー時針、ドーフィンハンド分針、ロリポップ秒針、4カ所のアラビア数字、楔形インデックスという組み合わせは、過去に存在しています。ただしアラビア数字のデザインについては、くり抜く関係もあるのか、やや後の時代の1960年代のモデルから採用しています。
この復活したシーマスター 300はすべて、オリジナル同様にノンデイト仕様で、日付表示はありません。前述のように、主に休日に使うという目的では、問題に感じることはありません。逆に、毎日職場に着けていくというなら、マイナスポイントとして数えるかもしれません。
ダイヤルのデザインやその調和という意味では、ノンデイトに分があるのは確かでしょう。このモデルもアラビア数字が4カ所に堂々と配置され、調和を乱す要素がなにもない、とても均整の取れた、見ていて気持ちがいいバランスになっています。

内面無反射コーティングの風防
公式の製品画像と、実物を手にして使ってみた印象で最も違うのは、画像では分かりづらい風防に関する部分だと思います。先に紹介したクロノスのレビューではマイナスポイントとして挙げられていましたが、この風防のサファイアガラスは内面無反射コーティングとなり、両面ではないため、そこそこ光を反射します。言い方を変えれば、周囲がよく映り込むということです。周囲が明るければ、時計を見ている自分の顔もぼんやりと映ります(笑)。
2021年モデルのために新しく作られたというこのドーム型サファイアガラスは、少しだけスリム化に貢献するとのことで、厚さ(突出量)が少なくなっているようです。中央は比較的フラットで、外周にかけてなだらかに落ち込む形状です。外周の、ちょうどミニッツトラックの上あたりは、像の歪みや光の反射が強く出ます。
実はこの内面(片面)無反射コーティング、シーマスター 300の2014年と2017年のどちらのモデルでも採用されており、あえて片面を採用しているのだと思います。さらに言えば、オメガのスピードマスターで、オリジンの血統である「ムーンウォッチ プロフェッショナル」においても、多くのモデルに内面無反射コーティングのドーム型風防が採用されています。
その見え方の差異は分かりませんが、これはシーマスター 300だけの仕様ではなく、古い時代からの伝統を重視するモデルでは採用されているという印象です。多少のマイナス要素があっても、当時の仕様や雰囲気の再現には手を抜かないという姿勢は、確かにあるのではないでしょうか。
両面コーティングでは、表面側に出る光が青や紫に見えることがあるので、それを嫌っているのかもしれませんが、これは根拠のない想像です。
もうひとつ、両面コーティングを採用しない理由についてありそうな理由は、傷に対するものです。風防のサファイアガラス自体は非常に硬いわけですが、コーティングはそうではありません。衝撃などを受け表側のコーティングに傷がつくと、当たり前ですが、風防に傷が付いたように見えます。コーティングの傷は修復できないので、この傷跡を消すには風防を交換するしかなくなります。これでは、傷が付きにくいという理由でサファイアガラスを採用していることが無駄になってしまいます。
片面(内面)無反射コーティングを頑なに採用することで有名なのはグランドセイコーです。ダイバーズウォッチでも宝飾モデルでも数百万円するトップモデルでも、内面無反射コーティングが採用されています。
コーティングへの傷は私も経験があり、「サファイアガラスなのになぜ?」と長年疑問だったことがありました。近年の製品でコーティングに容易に傷が付くことは少ないとされますが、傷への対策という意味で、内面無反射コーティングを積極的に選ぶ理由は確かに存在しているように思います。

シーマスター 300について、私は残念ながら1957年のオリジナルモデルの実物を見たことがないので、オリジナルの風防の形状や見え方についての知識・印象を持ち合わせていませんが、ドーム型の風防と片面の無反射コーティングは、それがオリジナルの再現かどうかはともかくとして、ビンテージモデル独特の雰囲気を再現するのに役立っていると思います。
風防には歪みも反射も無いほうが快適ですが、ギリギリの節度で、あえて不便さやマイナス要素を残したのではないか? というのが、想像と私の中での結論です。実際に腕に着けていても、机に置いていても、このドーム型風防の外周の歪みと、現代の腕時計にはあまりない映り込みの多さが、リアル・ビンテージウォッチの雰囲気を強く醸し出している、と感じられるのです。
ここから言えることは、この風防の見栄えを肯定的に捉えられるか、否定的に捉えるかは、使用者のビンテージモデルに対するモチベーションに大きく左右される、ということです。私はリアルなビンテージウォッチの購入も真剣に検討しながら、最終的にこの新品を買ったわけですが、そういう人間にとって、映り込みが多めで少し見にくい風防は「ビンテージならあり得ること」と覚悟していたことなのです。両面コーティングならそれはそれでいいでしょうが、「片面でも許容範囲」という心構えができていたというこです。逆に、最新モデルだからどこまでも快適であってほしい、と考える人にとっては、不幸なミスマッチといえるかもしれません。
ベゼル
ベゼル内側のリング状の部分(あるいは風防がはまるフレーム部分)は、前モデルから細くなり、ダイヤルの直径は29.5mmから30.4mmに拡大されています。これによりダイヤル内部の各要素の配置・バランスが調整されています。ベゼル自体がもともと細めのデザインなので、ダイヤルがより大きく見えるデザインになっています。
ベゼルのエッジのギザギザは細かく、形も薄くシンプルで、正面だけでなく横から見てもビンテージモデルの雰囲気がしっかりと出ています。
クロノスのレビューではベゼルが軽くて動きやすいと指摘されていましたが、確かに固くはないものの、軽いというほどでもないという印象です。ぶつけなければ、そうそう動くということはないと思います。ただ、本気のダイバーズウォッチの中には、意図的にベゼルが固くなっているモデルも多いので、相対的には軽いといえます。
このモデルは、ベゼルの印字にミニッツトラックがないなど、そもそも今となってはシリアスなダイビングには向かないデザインをそのまま継承していますし、回転の軽さについても日常で不満を感じるほどではないというのが正直な感想です。頻繁にぶつけてしまう人は違うかもしれませんが……。ちなみにISO 6425:2018には対応しておらず、ISO準拠・飽和潜水用という意味での「ダイバーズウォッチ」とは謳われていません。
一般的に傷が付きやすいベゼルについて、アルミ製のベゼルインサート(数字が刻印されている部分)にシュウ酸陽極酸化処理が施されており、通常の2倍の硬度があるとしています。シュウ酸陽極酸化処理はシュウ酸アルマイトとも呼ばれ、アルマイト処理の中でも硬度が高くなる処理です。
実は日本ではおなじみの、金色のアルミのやかんも耐食性や耐摩耗性を高める目的でシュウ酸アルマイト処理が施されたものです。オメガのアルミベゼルに施されるものとは厳密には異なるでしょうが、これはアルマイト処理が日本生まれの技術だからで、1929年には開発されていたというのですから、庶民的なやかんにも採用されるに至ったのでしょう(シュウ酸アルマイトのやかんは比較的高額ですが)。

ケース
ケースはステンレススチール製です。これは2014年の第2世代モデルがチタン製だったことから、(2017年の限定モデルを除くと)クラシックなステンレススチールに回帰したという形です。上記のベゼル(ベゼルインサート)はアルミ製で、こちらも前モデルのセラミック製とは異なり、わりと現実的な選択といえます。その理由は分かりませんが、冷静に考えれば、ビンテージモデルへのオマージュとして、ことさら上等な素材を選ばない方針にしたということでしょうか。
ケースの形状は、オリジナルに相当する過去のモデルの写真を見る限り、かなり忠実に再現しているようです。ラグの形だけでなく、側面から見た際のケースのカーブもきれいに再現されています。
リューズは円錐形で、これはおそらくオリジナルには存在しない形状のはずです。不思議と当時っぽい形に見えてしまう、レトロやビンテージの文脈のデザインです。操作時にはベゼルエッジが指に少し干渉するものの、リューズ自体は円錐形で指がかりがよく、操作しやすいと思います。
ベゼルエッジとリューズの凹凸は、凸側がポリッシュ、凹側が梨地で、精密に切り分けられています。このあたりはオメガの時計製作技術がいかんなく発揮されている部分でしょうか。


ムーブメント
ムーブメントについては、ビンテージの文脈ではなく、最新で高性能なものが搭載されています。この「コーアクシャル マスター クロノメーター」ムーブメントは、それ自体は水平展開されているので仕様の詳細は割愛しますが、シーマスター 300においても、2014年のモデルから進化したムーブメントということになります。裏蓋はサファイアガラスで、ムーブメントが見られるようになっています。
オメガのムーブメントの中ではCal.89xx系となり、そのノンデイト仕様がCal.8912です。いわゆるジャンピングアワー機能が搭載されており、リューズを1段引いた状態では、分針や秒針はそのままに、時針だけを1時間ずつピョンピョンと動かせます。これはGMTモデル向けに開発された機能で、時差のある場所に移動した際に時刻を調整しやすいという機能です。ただしこのモデルにGMT機能はないからか、オメガではタイムゾーン機能と呼称しています。リューズの2段めは、秒針ハック機能のついた、分針を動かすタイプの通常の時刻合わせ機能です。
手巻きの巻き上げ感はヌルっとした感じで、ザリザリ、ジョリジョリといった感触はありません。一方で、主ゼンマイが2つの香箱(ツインバレル)で直列になっていることが影響していのか(実際は分かりませんが)、手巻きの巻き上げ操作は、けっこう重めです。
パワーリザーブは60時間です。現代のムーブメントにはもっと長いものもありますが、実用上はほぼ問題にならないでしょう。一般に、ビジネスパーソンが週末の土日に外していても月曜に時刻合わせをしなくて済む、という意味で48時間以上が便利とされていますが、これはゆうにクリアしています。このコーアクシャル・ムーブメントは、動力源である主ゼンマイを収めた香箱が2つあるツインバレルといわれる仕様で、普通はこれだともっとパワーリザーブは長くなりますが、コーアクシャル脱進機は通常よりもパワーがいるとのことで、ツインバレルで60時間となっているようです。

マスター クロノメーター規格については、ムーブメント単体ではなくケースに納めた状態で全数個体検査を実施するということで、シリアル番号や検査番号をWebサイトで入力するか、付属カードのNFCチップを読み取ってアクセスすれば、購入した個体の検査結果を参照できます。
ムーブメントとして画一的な情報は公開されていないものの、個体の検査結果を参照すると、日差が3.1秒(合格基準は5秒まで)となっていました。結果と数字だけ見ると単純なようですが、オメガによれば、この平均日差の検査だけでも4日間かけて行なわれ、6つの姿勢で、2つの異なる温度下に置き、15,000ガウスの磁場にさらす、とあります。その上で、各日の精度を確認し、最終日に平均日差を算出するということです。わりといじめ抜いている検査ですが、これは8つある検査のうちのひとつです。検査全体は10日間に渡って行なわれます。
個体の検査結果だけでも非常に高い精度だといえます。自宅のタイムグラファー(安価に売られているものですが)で測っても検査結果とほぼ同じ結果で、平置きなら日差0秒と出るなど優秀です。ちなみに振動数は25200振動/時で、海外のフォーラムによればCal.8912の拘束角は38度とされています。日常的な使用でのリアル日差は1秒あるかないかといった程度で推移しています。買ったばかりとはいえ、非常に高精度といって差し支えないと思います。

このムーブメントの、そもそものポイントであるコーアクシャル脱進機については、深掘りするとキリがないので詳しくは触れませんが、購入にあたって強い動機になった部分です。
オメガが長い年月をかけて開発に取り組み量産化にこぎつけた、一般的なムーブメントのものとは異なる脱進機であること、その摩耗の少ない原理により、推奨される定期メンテナンスの間隔が伸びていること、といった点は、技術的にも実用的にも非常に大きな魅力です。
またシリコン製ヒゲゼンマイを採用し、上記の検査結果にもあるように、耐磁性が極めて高いことも、とても重視した部分です。現在までに他社でも非磁性のヒゲゼンマイを搭載するムーブメントは増えていますが、これから新品で買うなら外せない要素といえるでしょう。
私は過去に、似たような価格帯の機械式の時計が磁気帯びでまったく精度が出なくなり緊急メンテナンスに出したことがありますし、新品で買うならぜひ使ってみたいと思っていたのが、コーアクシャル マスター クロノメーターのムーブメントなのです。
ストラップ
ストラップは、2013年にNATOストラップを使い始めてからというもの、とても気に入って、ずっと使っています。今回のシーマスター 300もNATOストラップで使うことしか考えていなかったので、レザーストラップのモデルを買いつつ、到着後ほどなくしてNATOストラップに交換しました。ちなみにレザーベルトに付属のバックルは新型だそうです。
10年ほど前は、ストラップをサードパーティ製のものに交換するのは、ユーザーが自己責任でやる勝手なカスタマイズといった雰囲気でしたが、時代は変わり、今ではオメガも純正のNATOストラップをラインナップしています。

安価で気兼ねなく楽しめるのがNATOストラップのいいところだとするなら、高額な純正NATOストラップはちょっと矛盾する部分もありますが……せっかくなので(笑)、今回は純正NATOストラップで色が似合いそうな、ベージュとネイビー(オメガの表記はブルー)の2本を買ってみました。
ネイビーはダイヤルの色と同じ系統で、一体感という意味では上々です。全体が落ち着いた色になるので、そういうものが求められる場面では活躍しそうです。
使ってみてとても気に入ったのが、ベージュです。シーマスター 300のビンテージのルミノバの色とバッチリそろっていて、この上なく一体感があります。付いていたレザーストラップの色よりも一体感がありますね。




今回、初めてベージュ色のストラップを買ったのですが、休日感・リゾート感が出つつも、半袖になる夏場は特に肌色になじみやすく、結果たいして目立たないという、私が求めていた雰囲気にピッタリのカラーでした。またベージュという色自体、ブラックほどではないにせよ、いろんな色の服に合わせられるので、思っていたよりも幅広い場面で使えそうです。
ベージュもネイビーもポリエステル製ですが、帆布のように自然な風合いがあり、その織り方からしても、ラグジュアリーというよりミリタリーな雰囲気です。しなやかで、着け心地にまったく不満はありません。もっとも、金属製のバックルやベルト通しはキラリと光るポリッシュ仕上げなので、普通のNATOストラップとは一味違うな、という雰囲気は醸し出されています。レザーでも複雑な構造の金属製でもないので、汗をかいたらサッと外してジャブジャブと洗えるのもポイントです。取り外しに工具不要というのもNATOストラップのような引き通しのストラップの良い点です。
ちなみにこの時計のラグ幅は21mmで、けっこうマイナーなサイズです。サードパーティ製ストラップは20mm、22mmは充実しているものの、21mmになるとぐっと選択肢が減ります。
このオメガ純正NATOストラップ、事前に分からなかったものの、(豪華な)パッケージにはバネ棒が4本同梱されていました。直径は1.8mmです。バネ棒を外すための工具は付属していないので自分で用意する必要があります。工具は公式オンラインブティックでも「スプリングバーツール」という名前で1320円で売っています。

ラグランジュ・ウォッチ
このシーマスター 300は、ビンテージと最新スペックの“ラグランジュ・ポイント”にある時計だと思います。
ラグランジュ・ポイントとは、天体同士の重力が均衡し、中間で安定する場所のことです。外観デザインは、いくつかオリジナル要素を加えつつも、全体のコンセプトとして、ビンテージモデルやアーカイブに高い敬意が払われているのを感じます。一方で、ムーブメントは最新のものがおごられ、現代の実利用に十分耐える精度を実現しています。
外観デザインに最新モデルのような派手さはないですが、ビンテージモデルの文脈でみると納得できる要素に溢れています。また、少しだけ踏み込んで、本当にビンテージモデルに見えるような雰囲気にまで高めたことで、中途半端なイメージは払拭されています。
もちろん現代に作られる時計として、例えば鏡のように明るく輝くラグのポリッシュ仕上げや、ケースサイドの緻密なヘアライン仕上げ、その組み合わせは、まさに高級時計のそれで、凄みや存在感があります。
ただ、レザーストラップやNATOストラップと組み合わせている今回のような場合、全体として、存在感の主張は控えめといえます。時計に詳しくない人が見たら、「なんか新品っぽいけど、古臭いデザインの時計だな」と思うだけかもしれません。
私はまさに、そのような見え方をする時計を求めていたので、とても満足できています。

評価するポイント
- オマージュにもオリジナル要素にも、ビンテージというコンセプトが貫かれている
- 外装の仕上げとムーブメントは、極めて現代的である
評価が分かれるであろうポイント
- ノンデイト。デザインは美しく、日付は分からない
- 風防。映り込みの多さはビンテージを彷彿とさせ、現代の時計としては煩わしい
追記・純正ブレスレット

【2023年8月11日】入手してから1年ほど経過し、NATOベルトも見慣れてきたので、ちょっと変化を加えてみようという気分で純正のステンレススチール製ブレスレットを買ってみました。私が買った時計本体はレザーストラップのモデルですが、オメガのカスタマーサービス(修理拠点)で依頼すると、純正ブレスレットだけを追加で購入できます。価格も標準販売価格ですが……。
メタルブレスレットを付けると全体の重量は増加しますが、ブレスレット側はカウンターウェイトのように機能して手首の表裏に重量が分散するので、装着時のバランスはNATOストラップの時より良くなります。NATOストラップなどはしなやかで軽いので、ユルめに着けていると時計本体の重量に負けて、ぐるんぐるんと振り回しているような感覚になることもありますが、メタルブレスレットは回転しづらくなるので手首との一体感は良好になります。メタルブレスレットのこの感覚のほうが標準、という考え方もありますが(笑)。

私はズルズルと動かない、タイトめのフィットが好きなので、そういうふうにコマを調整すれば、フラットな金属の接触面が多いこともあって、NATOストラップよりもビタっとポジションが決まります。NATOストラップと違い裏蓋のフラットなサファイアガラスが手首に直接触れて密着する点もズレにくい要因でしょうか。メタルブレスレットを付けることで時計全体はズッシリとしたものになりますが、ズレにくいので、総合的な快適さは甲乙つけがたいという印象です。
外出中、フィット感に変化を感じたら、クラスプの内側にある3段階で長さを微調整できる「コンフォートセッティング」機構でフィット感を微調整できるのも、タイトフィット派には便利です。この機構はスムーズに動作しますし、フィット感の微調整という実際的なメリットがある仕様は嬉しいですね。

ブレスレットのシルエットは「シーマスター ダイバー300M」のように幅がストレートではなく、クラスプ側の幅が絞られていて、ちょっとスマートな印象でしょうか。
ブレスレット表面の精巧な仕上げは、時計本体のビンテージ路線とは違い最新の品質基準でしょうか。さすがに、所有していた20数年前のシーマスターと比べると細部のディテールには隔世の感があります。ラグからつながる形でブレスレットの外側がポリッシュ仕上げになっていますが、明るく、貴金属のようにキラキラと輝き、はっきり言ってかなり目立ちます。ちょっとキラキラし過ぎでは? と思わなくもないですが(笑)、現代のメタルブレスレットにはこれぐらいの派手さが求められているのかもしれません。控えめ路線としてNATOストラップを用意しているので、気分や状況に応じて使い分けていきたいところです。
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