セイコーの掛時計 KS474M、電波・レトロ・カスタム

 セイコーの掛時計「KS474M」です。現行品を新品で買いましたが、電波時計ムーブメントに交換し、細部を調整して、秒針を赤色に塗装するカスタムをしてみました。

 KS474Mはセイコーの数多ある製品群の中でも異彩を放つレトロなデザインで、Webサイトでは「レトロな魅力溢れるロングセラーモデル」と紹介されています。その素性を紐解いていくと、“レトロ風”ではなく、現代まで生き残ってしまった、ガチめの“リアル・レトロデザイン”であることが分かります。

 登場は1960年代(1959年の説もあり)とされ、元は船舶時計として作られたようで、薄緑色のボディは船舶の内装や装置に合わせたもののようです。1964年には一般向けに発売され、1977年にクオーツムーブメントを搭載する「QA513M」が発売されるなど、仕様に変更が加わりながらも、デザインは大きく変更されないまま今に至っています。2022年時点での現行モデル・KS474Mは2007年発売で、ムーブメントを更新した際に切り替わった型番のようですが、基本的なデザインや仕様は1977年発売のクオーツモデル・QA513Mに準じているようです。

 掛時計において、セイコーが世界初のクオーツムーブメント搭載モデルを発売したのは1968年です(腕時計は1969年)。クオーツが登場する直前の時期は、トランジスタ式という機械式ムーブメントの振り子の動力部分を電気式にしたムーブメントが採用されており、電池で駆動する仕組みでした。KS474Mのオリジナルにあたるモデルも「TRANSISTOR」とダイヤルに記載されたトランジスタ式ムーブメントのモデルだったようです。

 これら歴代のモデルは船舶時計のほか、国鉄バスの車内などにも採用されたようで、今でもバス時計と呼ばれる由来になっています。基本的なデザインは現行品まで変わっていませんが、トランジスタモデルにはボディ外側の6時位置に時刻調整用のノブがあります。ボディの色は何種類かあったようです。秒針の色は、トランジスタモデルは赤色で、1977年のクオーツモデルから銀色に変わったようです。

 余談ですが1979年の映画「太陽を盗んだ男」では、バス車内のシーンで、天井から伸びるステーに固定された「バス時計」が写っています。

2022年10月8日 追記:セイコータイムクリエーションから、KS474Mが2022年度グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞したと発表されました。この発表の中で、KS474Mの歴史が簡単に紹介されています。

1964年に発売した船舶、バス用時計TTF-531は、揺れや衝撃、傾斜に強いのが特長で、屋内外の過酷な環境下でも使用可能な業務用時計として開発されました。

一部改造品が南極地域観測隊に寄贈されるなど、その堅牢さを発揮。時代に合わせて精度、機能を追求し、機械体はトランジスタからクオーツに変更されました。

発売当初より大きなデザイン変更はなく、掛時計専用に手描きでデザインされた文字板は視認性に優れ当時と変わらぬ姿のまま現在に至っています。

セイコータイムクリエーション 2022年10月07日のニュースリリース「受賞商品の概要」より一部抜粋

この掛時計の最も評価すべきポイントは、視認性の良さである。数字の書体に平体をかけることで、数字どうしのスペースを広く取りながら字高を大きくし、遠くからでも見やすい文字盤を実現している。また、円錐台の本体形状は、自然に視線を文字盤に誘導する。

トランジスタームーブメントを使用していたTF-531、TTF-531を経て、1977年に現在のクォーツムーブメントにアップデートされ、本体下部の時刻合わせ用つまみが廃止されている。他にも秒針を赤からシルバーに、文字盤のガラス形状を曲面から平面に変更しているが、視認性の良さを損なうデザイン変更はしていない決断がロングライフデザインとして高く評価できる。もし、船舶時計やバス時計として活躍していた時代を知らない世代が当デザインに懐かしさを感じるとすれば、それは古さに対してではなく、昔の真面目なデザインの姿勢を感じ取っているのかもしれない。

セイコータイムクリエーション 2022年10月07日のニュースリリース「審査委員のコメント」より一部抜粋

 現行モデルでも、船舶用やバス用などとして使われてきた設備時計としての仕様が、いくつかそのまま残っています。まず防塵仕様は現行モデルでも公式に謳われており、ボディの裏蓋と、風防のフラットなガラスの周りに厚いゴムパッキンが挟まっています。現在でも工場用などとして業者が販売している場合もあるようです。裏蓋のゴムパッキンは壁側にまで回り込んでおり、防振としての意味もありそうです。また裏蓋の内側には、乾電池の脱落を防止する突起もあり、これはバス車内の振動対策だと思いますが、シリアスな用途に使われていた名残が垣間見えます。

 取扱説明書には「船舶・バスなどでご使用になる場合」という項目があり、4か所にネジ穴のガイド(凹み)が用意されていることも分かります。ここでネジ止めすれば、裏蓋を壁やステーに完全に固定できるというわけです。9時位置にあるネジを回すとボディを前側に開けられるというのも、壁に据え付ける設備時計としての仕様です。一方、今の製品は石膏ボード用のフック(4つのピンで固定)が同梱されているなど、ちゃんと一般家庭での設置にも配慮されています。

セイコー KS474M (新品の状態)
KS474Mは現行モデルとして新品で購入できます
9時位置のネジを回して開けます
ネジは外れて落ちないようにワッシャー付き
純正のクオーツムーブメント
裏蓋はプラスチックですが、縁に厚いゴムパッキンが付けられています
裏蓋のフック取付部は金属製で丈夫そうです
ゴムパッキンは裏の壁側までたっぷりとまわりこんでいます
石膏ボード用フックも同梱されています。風防はガラスなので簡単には脱落しないようにしないといけません

 ボディはスチール製で、薄緑色の部分はツヤのある仕上げです。メッキパーツの枠やヒンジがクラシックな雰囲気を醸し出しています。ダイヤルはうっすらと緑がかったベージュで、粗い梨地になっています。アラビア数字のインデックス、ミニッツトラック、「SEIKO」「QUARTZ」といったロゴ・表記はすべて立体成型に塗装をしたものです。プリントしただけのものと比べると相応のコストがかかっていそうです。

 「SEIKO」のロゴの周りにはうっすらと枠の跡がみえますが、これは“別注モデル”などでロゴを差し替える需要に応えられるよう、金型に変更が加えられているためでしょう。ちょっと残念な部分ですが、1mも離れると跡はほとんど見えなくなるので、それほど気にならないでしょうか。

 このSEIKOロゴ部分をシールと勘違いしている人もいるようですが、周囲と同じプラスチックです。ロゴ部分だけ金型を入れ替えられるようにした加工で(勝手な想像ですが)周囲にできた枠のような跡と、製造時期の違いからかロゴ周囲の梨地が少し細かく甘くなっていることで、なにか膜を貼ったように見えることが原因でしょう。バラして肉眼でまじまじと見ても、シールと聞かされていれば勘違いしそうになりますが(笑)、周囲を含め手触りも固さもプラスチックです。デザインナイフの尖った先端で枠跡をつついても、シールのようなものが剥がれてくることはありません。シールでなくても、ちょっと残念な見た目、という事実は変わりませんが……。

 そのSEIKOロゴの位置はちょっとユニーク(?)です。一般的にロゴは「2」と「10」を結ぶ線上に位置していることが多いですが、このモデルは「12」のすぐ下、「1」と「11」の下端を結ぶ線上に位置しています。違和感はそれほどありませんが、「セイコー製である」という主張は控えめだと感じられます。

SEIKOロゴ。枠の跡と成型のディテールの差で、シールっぽく見えますが……
シールに見えた部分、実際には周囲と同じプラスチックの成型です

 また「QUARTZ」の文字の下には「S」のようなマークがありますが、確証はないものの、これは諏訪精工舎を示すマークのように見えます。腕時計に刻印されるものと比べると少し形が違うので、間違っているかもしれませんが。本製品はタイ製で諏訪もなにもないのですが、想像するに1977年のクオーツ版を諏訪精工舎で作っていて、その頃のダイヤルのデザインをそのまま使っているのではないでしょうか。昔のセイコーは、諏訪の諏訪精工舎(後のセイコーエプソン)と亀戸の第二精工舎があり、どちらで製造されたかを示すマークがダイヤルなどに記されていました。当然ながら現行のほかの掛時計に、こうしたマークは存在しません。というより、今はもう「QUARTZ」すら記されていないですね(笑)。

 アラビア数字のフォントは角のあるスタイルでカッチリ感がありつつ、ループ(6などの輪っかの部分)がやや横長で独特の雰囲気があります。針はすべてアルミ製の板を曲げたもので、ドーフィン針の時分針は、山折りで陰影の出る、表情のあるデザインです。銀色の秒針はおそらく無塗装で、フラットなヘアライン仕上げになっています。数字や針のデザインは、オークションなどに出品されている1960年代当時のものを見る限り、ほぼ同じデザインを継承しているようですね。

 デザイン全体として、「レトロ」といってしまえばそれまでですが、味わい深い魅力に溢れています。直径は約22cmで掛時計としてコンパクトな部類ですが、ボディにはたっぷりと厚みがあり、存在感は段違いです。ガラスの風防の奥のダイヤルは奥行き感がありますし、ダイヤルの梨地やインデックスの立体成型、山折りになった時分針も、立体感を感じさせます。現代の掛時計は薄く、数字などのインデックスはプリントされているものがほとんどなので、この時計はボディの厚み、奥行き感や立体感でもって、かなりの存在感を醸し出しているといえます。

ムーブメント、秒針をカスタム

 買ってきて設置するだけでもレトロな魅力のある製品ですが、個人的に不満だった部分をカスタムすることにしました。クオーツムーブメントを電波時計ムーブメントに交換して、秒針はオリジナルに戻すような形で赤く塗装するという内容です。

以下の改造はメーカー保証の対象外になる行為です

 ムーブメントについては、東急ハンズのクラフトコーナーや手芸店、通信販売などで、自作の掛時計・置時計用として、ムーブメントや針が単体で販売されています。針の軸の部分は共通のようで、軸(ネジシャフト)の長さがあえば、交換できるようです。

 今回は誠時という会社が販売している「MRC-250」という型番の製品を買いました。ムーブメント自体は中国製で、SHENG BANG(シェンバン)というメーカーが製造する「HD-1688」という型番です。

 JJYという日本の電波時計の電波に対応するムーブメントで、MRC-250は5mm厚まで対応という製品です。5mmというのは取り付けるダイヤル(文字版)の厚さで、ネジ山が切られたネジシャフトの長さが5mmになっています。時計に付いていたSKPという名称のセイコー純正ムーブメントのネジシャフトの長さは4.5mmなのですが、文字版の厚さ(シャフト取付部)は5mmで、MRC-250が問題なく取り付けられました。ワッシャーについては純正のものがそのまま取り付けられるので流用しまし