スターリンクをDC電源で運用する

スターリンクはアメリカからサービスが始まったわけですが、国土が広く車社会ということで、車に積んで便利に使っている人も多いようです。特にキャンピングカーで移動しながら生活している人などは、スターリンクでネット環境やその品質が激変することから、かなり重宝されているようですね。

そうしたコミュニティや盛り上がりを見ていると、お決まりの改造やテクニックが頻繁に紹介されていることに気が付きます。それは、スターリンクをDC電源で運用するというものです。

以下で紹介しているのは非純正のシステムです。どなたが試されても、あらゆるすべての作業とその結果は作業者の責任です。怪我をしても火事になっても、私は無関係です。この事を予め完全に理解した上で楽しんでください。

車で動かせないスターリンク

スターリンクのシステムは家庭の壁コンセント、つまりAC電圧(交流電圧)から電源をとるのが基本です。2023年9月時点では、それしかできません。まぁこれは普通といえば普通です。

しかし米国のコミュニティでも疑問を呈されているのですが、車載のカーチャージャー/シガーソケット、つまりDC電圧(直流電圧)から電源をとる手段が、純正のシステムではオプションなどを含めて用意されていないのです。スターリンクはモバイル(旧ROAM/RV)というプランが提供されており、場所を問わず、車で持ち運んだ先でも自由に使えるのに、なぜ車(=DC)から電源をとるオプションがないのか? というわけです。

DCは見た目でも分かりやすく、「プラス・マイナスがきっちり分かれている」のがDCです。電池で駆動する機器はDCを使っていますし、同じく充電式バッテリーで駆動する機器もDCです。伝統的な車載バッテリーやポータブル電源のバッテリー、また太陽光発電パネルから出力されるのも大抵はDCです。「ACアダプター」を使う機器もそうで、黒いボックス部分で壁コンセントのACをDCに変換しているので、DCで動いているということになります。

電源がACだけ問題

スターリンクの長方形のアンテナとWi-FiルーターがセットになったGen 2と呼ばれる世代の製品は、ACコンセントに接続する電源ケーブルの反対側を、(デスクトップPCやテレビのように)そのままルーターに挿し込む仕様です。ACをDCに変換する部分はルーターに内蔵されています。

これはいろいろと可動部があるアンテナにアンテナケーブルで電力を供給する必要があるとか、ハードウェアの数をシンプルにするとかのさまざまな理由があると想像できるのですが、車に積んで車載バッテリーで使いたいとか、ポータブル電源で使いたいと考えると、「ACからしか電源がとれない」というスターリンクの仕様はいろいろと残念、という指摘に至ることになります。

スターリンクのWi-FiルーターはAC電源ケーブルをそのまま挿す仕様。アンテナケーブルは独自端子、独自形状です

アメリカでは「Gen 3」世代のWi-Fiルーターが単体で登場、招待制で一部に提供が開始されており、いくつか報告もあがっています。Wi-Fi 6対応のほか、LANポートを標準で装備、前面にインジケーターLED装備など強化・改善点は多いようです。電源部分はACアダプターの外付けタイプに変更になり、DC 30V 1Aという仕様のもよう。アンテナケーブルのルーター側の独自端子もRJ45と思われるものに変更されているようです(防水のため形状は独自ですが)。ただし、PoEインジェクターとしての機能はない(ケーブル1本でアンテナに電源を供給できない)ようで、このためGen 2 アンテナとの相性は悪く、Gen 2アンテナにGen 3 Wi-Fiルーターを組み合わせて使いたい場合でも、既存のGen 2 Wi-Fiルーターとイーサネットアダプター、バイパスモードがセットで必要になると報告されています。こうした微妙な仕様は、そもそもこのGen 3 Wi-Fiルーターが、来るべき次世代の衛星システムに対応する、新しい世代のアンテナをサポートするために開発されたから、と考えられています。既存のGen 2 アンテナまでのサポートはあくまで後方互換性の確保のためで接続方法が微妙でも仕方がない、と推測されています。

世にあるバッテリーの類はDCなので、AC電源ケーブルしかないスターリンクに給電しようとすると、ACコンセントを用意する、つまりDCからACに変換する必要が出てきます。一般的な車の場合ならカーインバーターといった機器がこれに該当します。ポータブル電源にはACに変換するインバーターが内蔵され、機器前面にACコンセントが用意されています。

次のポイントは、DCからACという変換には必ず変換ロス、電気の損失が出るということです。家庭の壁コンセントに常時接続して使うならあまり問題になりませんが、車載バッテリーやポータブル電源といった有限なリソースから給電する場合、そうした変換ロスは減らしたくなります。

特にポータブル電源でスターリンクを使う場合、家庭の壁のACコンセントからACアダプターでDCに変換して予めバッテリーを充電した上で、それをACに変換して機器前面のACコンセントからスターリンクに給電、さらにスターリンクのWi-FIルーター内の電源部でACからDCに変換するという形になり、トータルではAC→DC→AC→DCという3回の変換が発生してしまいます。

こうしたことから、スターリンクの電源を直接DCからとれるようにして、車載やポータブル電源での運用でスターリンクのためにACを用意するという無駄を省く、というのが今回の試みです。同時に、有線LAN環境になるので、アンテナ配下のLANを自由に構築できる環境にもなります。

我が家のスターリンクは緊急用のインターネット回線なので、基本的にポータブル電源とセットで稼働させることが前提になっています。自動車は所有していないので、車載時のあれこれは試せていません。

最近のポータブル電源にはパススルー充電モードなどと呼ばれる機能が搭載されています。これは、ポータブル電源を予備として仕舞っておくのではなく、普段の生活で使いながら災害に備える、というコンセプトです。ポータブル電源が壁のACコンセントにつながっている状態だと、接続された機器にはバッテリーを使わずに給電するという仕組みで、充放電の繰り返しによるバッテリーの劣化を防ぎながら満充電をキープしておく、という使い方ができるようになっています。

DC電源で動かすメリット

こうした環境にて、スターリンクをDC電源で稼働させるメリットですが、まずはシガーソケットに代表されるDC電源に直接接続して、ACに変換せずに稼働できるという点が挙げられます。純正でこれができるオプションパーツはないので、車載利用の場合は特にメリットは大きいでしょう。

ポータブル電源でもDC→ACの変換が不要になることでポータブル電源の稼働時間が伸びることも期待されます。またスターリンクのシステム側でも、AC→DCの変換がなくなります。ただしこれらは採用するDC電源化パーツの仕様や挙動に大きく左右されると思われるので、DC電源化を果たしたからといって大幅に省電力駆動が可能になるというほど簡単ではないようです。

電源以外では、有線LAN環境を追加できるという点もあります。スターリンクのGen 2のシステムはWi-Fiルーターしかなく、有線LANに対応するためにはイーサネットアダプターを別途購入する必要があります。DC電源化システムはその仕組み上、アンテナケーブル(PoE)を有線LANのRJ45に変換するので、有線LANポートが設置される形になります。

副次的には、ポータブル電源(Anker 535、512Wh)の稼働が静かになることもメリットです。これはシリアスなものではないですが、ポータブル電源のACコンセント口を使うと、DC→ACの変換基板を冷やすため、(我が家の製品は)内部のファンが常に回るようになります。部屋が静かな時間帯だと「ウウウウウ」という低い唸り声のようなファンの騒音が地味に気になります。USB端子やシガーソケットを使う、つまりDC→ACの変換をしない給電方法だとファンは回らないので、無音の稼働が可能になります。

ポータブル電源が壁ACコンセントにつながれた「パススルー充電」であっても、前面のACコンセントを使うとファンが回ります。これは、ポータブル電源の内部で使われる電気は、そもそもACアダプターによってDCに変換されているからで、「ACをパススルーしている」わけではなく、DCをACに変換する基板は必ず動作するから、ということのようです。

ファンを回して基板を冷却する必要がある、という事実は、DC→AC変換で少なくない変換ロスが発生していることを示しています。変換ロスとは通常、エネルギーが熱になって外に逃げてしまう形で表面化するからです。一方で、アンカーの最近の製品では、一般的な変換効率である80%台から大幅に伸びた、変換効率96%を謳う次世代半導体「GaN」搭載モデルも登場するなど、DC→AC変換の変換ロスには改善の兆しもみられます。

DC電源化システムの概要

今回試したスターリンクのDC電源化は、私が独自に知恵や工夫をこらしたわけではなく、アメリカのスターリンク専門情報サイト(例えばStarlink Hardwareのチュートリアルカテゴリーなど)やRedditといったコミュニティで紹介されている定番的な製品の組み合わせを参考にして再現したものです。

スターリンクの純正のシステムは、アンテナ本体、アンテナケーブル、Wi-Fiルーター(含む電源)という3つに分かれています。スターリンクにおける「ルーター」ですが、実はWi-Fiルーターだけでなく、アンテナ本体にもルーターが内蔵されており、多段ルーターのシステムになっています。原理的にはWi-Fiルーターがなくても、アンテナに電源を供給しアンテナケーブルでアンテナ本体のルーターと通信できれば、システムは機能します。

Gen 2のスターリンクのシステムにおいて、Wi-Fiルーター(電源)とアンテナは1本のLANケーブル(のようなもの)でつながっており、Wi-Fiルーターの代わりにPoEの仕組みでアンテナケーブルに電源を供給してやると、アンテナやアンテナ内蔵のルーターが機能して、基本的な通信機能が稼働するという形です。

DC電源化システムでは、純正品としてスターリンクのアンテナとアンテナケーブルのみを使い、残りは使いません。スターリンクのWi-Fiルーターは不要になります。オプションのイーサネットアダプターも不要です。あの尖った変な形の筐体や、AC電源オンリーの仕様から開放されることになります。一方で、有線LANポートがあるだけの環境になるので、ルーター・Wi-Fiルーターを別途用意する必要があります。

DC電源化で新たに買って用意したのは、アンテナケーブルの変換アダプター(写真下)、PoEインジェクター(写真中央)、DC-DCコンバーター・昇圧電源(写真上)の3つのアイテムです。これに加えてシガーソケットから電源をとるためにシガープラグを作りました。

写真の黒いPoE用LANケーブルは、下の変換アダプターに付属しているものです。PoEの対応W数などの仕様的に、代替できる市販品は少ないと思われるので、ほかのLANケーブルで代用せず、素直に付属品を使います。

1) アンテナケーブルの変換アダプター

スターリンクのアンテナケーブルはPoEの仕組みを流用したものです。PoE(Power over Ethernet)は有り体に言うと電源を供給できるLANケーブルの規格です。Gen 2のアンテナケーブルのプラグは、Wi-Fiルーターのデザインに合わせた変な形状で、先端の端子もSPXと呼ばれている小さい台形の独自プラグになっており、カスタムしたい界隈では案の定、非標準の独自端子の評判は悪いです。ただ配線はPoEを流用したものなので、LAN端子(RJ45)を自分で製作できる人は、ケーブルをカットしてスターリンク独自の配線を修正することで、汎用的なPoEのLAN端子に変えることが可能です。

最近になって、この独自プラグを標準的なRJ45に変換するアダプターが登場しており、アンテナケーブルを改造する必要がなくなりました。中国・深センの「YAOSHENG」というメーカー製で、「Dishy v2 original cable to RJ45 adapter」という製品です。スターリンクのPoEの仕様に対応する短いLANケーブルも付属しています。

Dishy v2 original cable to RJ45 adapter

スターリンクのアンテナケーブルはPoEで48Vということになっており、日本において住宅の壁の穴を通して屋内に引き込むといった“工事”には、電気工事士の資格が必要になる、と解釈されています。36V以下なら「電気工事」の対象ではない「軽微な工事」にあたり、資格は不要とのことですが、スターリンクのアンテナケーブルは有資格者による工事の対象になってしまうとみられています。

2) PoEインジェクター

アンテナケーブルの実態はPoEであり、配線はLANケーブルを模したものですが、ここにはPoEとして電源を供給する必要があります。スターリンクの純正Wi-Fiルーターの底面には、このPoEの出力について「48V 2.0A LPS」と記されています。直流で、LPSはリニア電源のことです。

PoEの仕組みにおいては、一般的にPoEインジェクターと呼ばれる、LANのネットワークの途中に設置してLANケーブルに電源を供給する装置があります。PoE自体が、一般的には監視カメラなど、遠隔かつ電源が必要なネットワーク機器向けに、敷設するケーブルの数を減らせるものとして利用されている規格です。PoEなら、通信も電源もLANケーブル1本で済むというわけです。

一方で、スターリンクのアンテナケーブルは、PoEのLANケーブルの仕組みを流用しつつ、現在規格化されているものより多くの消費電力を使う独自の内容になっています。丸形のGen 1 アンテナでは180W、長方形のGen 2 アンテナでも150Wが必要とされていますが、現在のPoEの規格では「PoE++」のPoEインジェクターでも90~100Wまでしか提供できません。

そこで、件のコミュニティでは、スターリンクDC電源化システムを実現するため、スターリンクの仕様に合わせた独自のPoEインジェクターについて、調査や開発、情報共有が行なわれ、まずはケースなどもない基板だけの製品が作られて、広まっていったようです。現在では、ケースに収まった製品然とした見た目の、特別な技術は不要で稼働できる製品も登場し、より試しやすくなっています。

今回買ってみたPoEインジェクターは、前述のアダプターと同じYAOSHENG製で「150W 4 Pair GigE PoE Injector with surge protection」という製品です。このPoEインジェクターは入力が「48~57 VDC 3A」となっており、定格48Vの電源の入力が必要です。

150W 4 Pair GigE PoE Injector with surge protection

PoEインジェクターが設置されると、